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東京高等裁判所 昭和60年(行コ)18号 判決 1985年8月08日

埼玉県八潮市中央一丁目一番地二

八潮中学校内

控訴人

伊藤隆男

埼玉県越谷市赤山町五丁目七番四七号

被控訴人

越谷税務署長

荒井一夫

右指定代理人

杉山正巳

星川照

小松安雄

佐藤文夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、適式な呼出しを受けながら当審において最初にすべき口頭弁論期日に出頭しなかったが、陳述したものとみなした控訴状によれば、「原判決を取り消す。被控訴人による昭和五八年五月一〇日付け「昭和五七年分所得税の更正処分」を取り消す。控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求めるというにあり、控訴理由は別紙記載のとおりである。被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、控訴理由について争う旨陳述した。

当事者双方の主張は、原判決別紙訴状および準備書面並びに答弁書の記載と同一であり、証拠関係は原審記録中の書証目録記載のとおりであるから、それらをここに引用する。

理由

当裁判所も本件全資料を検討した結果、控訴人の本訴請求は理由がないので棄却すべきものと判断するものであって、その理由は原判決理由説示(原判決二枚目表三行目から同四枚目表七行目まで)と同一であるから、それをここに引用する。

なお、控訴人の控訴理由は、原判決理由を正当に解釈せず若しくは独自の見解により原判決を非難するものであって、採用することができない。

してみれば、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、九八条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤静思 裁判官 奥平守男 裁判官 橋本和夫)

控訴理由について

高山晨氏、小池信行氏及び深見玲子氏は、判決の「理由」で次の1のような法則を提唱している。

(1) 「国費歳出の一部が憲法違反であるとしても……少なくとも、そのことのみを理由として、……租税の収納義務を負担しない……ということはできない。」

その理由は次の2または3の各系統の議論である。

(2)(a) 「国民は、租税実体法が定める課税要件を充足する事実の発生により、……租税を納付する義務を負担することになる。」

(b) 「予算の成立及び予算に基づく国費の支出については、国会の議決を経なければならないとされる。」

(c) 従って、「国民の納税義務と予算及び国費の支出とは、その法的根拠を異にする別個のものである。」

(3)(a) 「歳入は、……法令の規定に基づいて徴収……される。」

(b) 「予算の成立及び予算に基づく国費の支出については、国会の議決を経なけばならないとされる。」

(c) 従って、「予算によってはじめて国家の徴収権……が生ずるものではない。」

2または3の議論の根底には次の三つの前提が含まれている。

(4)(a) 二つの行為は同一の法的根拠に基づくときに限って、互いに同一の違法性を持ちうる。

(b) 任意の二つの行為についていずれか一方が違法であるとき、両者が同一の違法性を持ちうるならば他方もまた違法である。

(c) 債務者は違法な債権行為を免れうる。

2または3の議論は、徴税行為と予算編成について、前者は租税実体法に、後者は国会の議決に、それぞれ基づくものであるから、両者は互いに異なった違法性しか持ちえず、従って、仮にそのいずれか一方が違法だからと言って他方もまた違法になる訳ではない旨を論証しょうとするものである。

2または3の議論は、「に基づく」という術語を拠り所としているが、この術語が何を意味するのか全く明らかでない。或る行為は一般にどのような当事者間に、どのような種類の関係を、どの程度迄設定するか、といった観点から定義できるが、これらを規定する法規のうち、どの法規ならば、当該行為はそれに基づくというのか。2-a又は3-aについて見れば、租税実体法は徴税に係わる当事者及び徴税権の範囲を特定するひとつの法規系ではあるが、徴税権そのものが租税実体法から引き出せる訳ではない。―租税実体法によって税額が〇円と算定された場合は、全額〇円が徴税されることになる。―徴税権の範囲を特定する法規の中には、租税実体法のように徴税行為固有のものから、憲法のように行政行為が普遍的に満たさねばならないもの迄あり、また、徴税権を規定するものは憲法第三〇条のみである。また、2-b(=3-b)について見れば、予算編成の当事者及びその職権を規定しているものは憲法第八三、八五及び、八六条であり、その職権の範囲を特定するものは憲法のその他の規定及び国会法等が挙げられる。

そこでもしある行為は、それを規定するすべての法規に基づくとする立場に立つならば、互いに異なる二つの行為について、そのいずれか片方のみがそれに基づくような何らかの法規を見出だすことは容易である。そしてその際、それらの行為は、互いに異なる法規に基づくものになる訳だから、従って両者は互いに異なった違法性しか持ちえないということになる。こうした立場を押し進めて行くと、例えば、課税総所得金額の計算は所得税法第二章の規定に基づくものであるが、所得税額の計算は同法第二及び第三章の規定に基づくので、仮に課税総所得金額の計算上で過失が在ったとしても、それは所得税額の計算上の過失ではないと見做さざるを得なくなる。

更に、1によると、憲法第九条第二項に抵触しうるのは、歳出予算のみであるとのことだが、同条項が先験的に政策決定過程のみを拘束し、政策遂行過程については拘束しないと考える理由は無い。寧ろ、憲法は個別の実体法に対する普遍的条件であり(『訴状』§一・二参照)、殊に同法第九条はそうした普遍的条件が条文形式で規定されたものであるから(同書、§一・五・一、甲-八号証参照)、同条が政策行為の各分野毎に個別的に機能しなければならない理由は無い。

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